ありきたりな恋の結末


「何、あのジャラジャラ。」
 不機嫌を隠そうともせず(尤も彼女はいつもそうだ)、宝月茜は、法介に向かってかりんとうを投げつけた。カポンと額に当たり床に落ちる。
「…あ、あの人は、牙琉伯爵の弟で…「そんな事聞いてるんじゃないわよ。」」
 茜の反論とかりんとうは、再び法介に投げつけられる。床がかりとうで埋まってしまいそうな状況だが、編集長が帰ってくるまでに掃除をすればなんとかなるだろう。
「勝手についてきちゃったんですよ…。」
 チラリと視線を向けた資料室には、何が楽しいのか資料の束を取りだしては広げている響也の姿があった。表情は、さっきまでにやけていた唇を引き結んだ事で、随分と真剣なものにも見える。
 端正な貌立ちとは便利なものだと法介は思う。
 にやけた顔の響也は、会社にいた茜の手に(挨拶)の口付けを落とし、彼女の怒りを買った。茜が科学信奉者の西洋かぶれなのは、新聞社の人間は皆知っている事なので、同じ西洋かぶれなら、趣味を同じくして仲良くなりそうなものだが、どうも二人は相性が悪いようだ。

「ねぇねぇ、ちょっと、ちょっと。」

 剣呑な雰囲気をものともせずに、自己中心男はふたりを呼ぶ。
「何ですか?」
 渋々返事をした法介に、響也は口をへの字に曲げた。
「他にさ、もっと面白いものないの?」
 …ツマラナイのなら帰って頂こうと心に誓う法介に、早く追い帰せと茜の応援が入る。しかし、面倒が嫌いな彼女は化学実験装置(と本人が言っていた)に埋もれた机に腰掛け、仕事をするでもなくかりんとうを貪り始めた。
 当然だが、資料室から呼び続ける男の相手をする人間など他にいない。仕方なく、法介は、響也の元へ向かった。
 弱小新聞社といえども、過去の新聞記事等々の資料はそれなりに充実している。響也が手にしているものに法介は共通点を見つける。
「アンタ、怪盗に興味があるんですか?」
 響也は、コクリと頷いて笑みを浮かべた。
「だこれが一番面白そうな記事だろ?」
「はあ…。」
 曖昧に返事をして、法介は頭を掻いた。
 確かに戦争が一段落ついている今、世間の興味を一番魅いているのは流行りの怪盗だ。金持ちしか狙わず、予告状を送りつけては獲物をさらっていく手口は(現代の鼠小僧)などともてはやす者達もいる。確かに、怪盗の記事を載せると雑誌の売れ行きも良い。
 けれども、法介はそれを快くは思ってはいない。
 元々農家の出身で日々を積み重ねて収穫を得ていた法介にとって、他人が築いた富をどんな理由があっても盗み取っていく人間に共感する事など出来なかったのだ。
 けれど、この眼前のチャラチャラした男にとっては魅力的なのかもしれないと法介は考える。脳天気に(格好良い)などと口にすんだろうと思えば、腹が立った。
 これ見よがしに、声を掛ける。
「義賊だそうですよね、格好いいんでしょう?」
「……綺麗事を言ったって、所詮泥棒は泥棒さ。」
 サラリと、ともすれば聞き流してしまいそうな声で響也が答え、法介は驚きに目を見開く。思ってもみなかった答えに毒気が抜かれ、その整った顔立ちを凝視してしまった。
 本当に綺麗な顔立ちだ、などと思ってしまい頬が紅潮する法介に、響也は不機嫌そうに頬を膨らませる。
「ほら、もっと他の持って来てよ。」
 響也に強請られ、何故俺がと思いつつ奥から資料を取りだしていればドタドタと古い廊下を走る音が聞こえ、法介は舌打ちをした。
 古い建物の古い床なのだ。大人数で乱暴をすれば踏み抜く事だって考えられる。法介は響也に資料を放り投げると、其奴等に注意しようと社名の入った扉開ける。
 そして、法介と奥に居た響也もゲと顔を歪ませた。
其処にいた男達は、迎賓館で響也を探していた牙琉伯爵の部下達の姿だった。少々息が荒いのは、あちこち走り回った証拠だろうか。額に滲んだ汗がテラテラと不気味に輝く。
「やっと、見つけましたよ。響也様。」
「あ、ああ御苦労様。」
 苦く笑う響也に、法介は大きな溜息を付いた。


 随分と目まぐるしい一日だと法介は思った。
それも、普段お目にかかる事の出来ない代物の目白押し。何だか不思議な世界に迷い込んでしまったようだ。
 ハァと溜息を付けば、法介が座っている長椅子の左右から剣呑な視線が向く。
 豪華な装飾品が設えた部屋と茶器、目の前のテーブルに置かれた洋菓子が無かったら、まるで連行された犯罪者と同等の扱いだ。新聞社から連れ出され、高級外車に押し込められた挙げ句に連れてこられたけれど、(これって、あの男だけでいいんじゃないの!?)という憤りさえ取り合っては貰えなかった。
 腕力が鍛えられそうなどでかい門を潜り、どでかい屋敷に着けば、響也は玄関で
待っていた初老の男に連れていかれ、法介は暫く待つ様に言われた。
 結局のところ、此処が何処なのか見当もつかない。

「…ったく…。」

 頬の肉がぐじゃりと潰れる程に、顎にあてた指先に体重を乗せた。
我が身に降りかかった災いと同時に、あの男が気になると言ったらどうなんだろう。
 今日逢ったばかりで、振り回されただけのはずなのに、酷く気になる。どうにも理由の見えない不可解な気持ちだった。
 悶々と待ち続けるには少々時間が過ぎた頃、響也は姿を見せた。
不機嫌そのものといった表情で現れた彼は、無言でテーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰を落とした。高々と掲げた脚を組み、むっとした表情は変化ない。

「…で、兄貴はいつ帰るって?」

 低いトーンの声に、男の一人が答える。
「仕事が長引いていらっしゃるので、もう少しお待ちくださいとの事です。」
「じっと屋敷に軟禁されてるなんて、僕は飽き飽きだよ。」
 響也は当たり散らす様に周囲に立つ男達に視線を送り、イライラと肘掛けを指で弾いた。そうして、ジッと見てい法介に初めて目線を合わせる。
「おデコくんだって、退屈してるさ。」
 ねぇと続けられても、法介に所作はない。軽く肩を竦めてみせた。
しかし、響也の言う事など誰ひとりとして従うつもりは無いようだった。皆、唇を一文字に結んで動こうとはしない。
「いいよ、もう。おいで、おデコくん行こう!」
 ふいに響也は手を伸ばし、法介の手首を掴むと立ち上がる。つられて、法介も腰を上げる事になった。慌てて静止する男を一瞥して響也は、法介を引っ張ったまま扉に向かった。慌てて男は後を追う。
「我が侭は困ります、響也様!」
「兄貴ご自慢の薔薇園をおデコくんに紹介するだけだ。屋敷から出なけりゃいいんだろ! 僕は、退屈なんだよ!」
 やれやれと言った表情で男達が引き下がれば、響也はフンと鼻を鳴らして部屋を出た。強引な様子に、されるがままだった法介は廊下に出た途端ハッと我に戻った。
「ちょ、ちょっとアンタ…。」
「ごめ、黙ってついてきてくれないかな?」
 振り返った表情があまりにも真剣なものだったので、法介はもう一度言葉を飲み込んだ。コクリと頷くと、ホッと表情を緩めた響也から何故だか目を離せなくなった。






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